(「藤枝静男のこと・ 13 」藤枝文学舎ニュース第 59 号/ 2007 年1月)


 筑摩現代文学大系は全九十七巻と、大系の名にふさわしい。そのなかの一冊に『埴谷雄高・藤枝静男集』がある。藤枝と埴谷の顔写真が並んだ松葉色のカバーはなんとも私には魅力的で、ようやく手にしたときは小躍りした。というのも全九十七巻のセットでは古本屋に出ていても、バラ売りでは見つからなかったからである。この一冊のためにさすがに九十七冊買う気になれなかった(しかしネットを始めてみれば、すぐ単品で見つかった。あっけなくて、あの時の小躍りはなんだったのかといささかガッカリしたが)。

 埴谷雄高の収録作品は「死霊」と「ルクレツィア・ボルジア」。藤枝静男の収録作品は「路」「春の水」「ヤゴの分際」「硝酸銀」「一家団欒」「空気頭」「私々小説」「フランクフルトのルクレツィア」である。

 埴谷の「ルクレツィア・ボルジア」と藤枝の「フランクフルトのルクレツィア」を併せて収録した編集者にセンスを感じる。

 埴谷は昭和四十三年にヨーロッパを旅行。埴谷はその旅行で一枚の絵と「劇的な」出会いをする。その感動を書き綴ったのが「ルクレツィア・ボルジア」である。

 藤枝は埴谷のそのあまりの感動ぶりを確かめようと、昭和四十五年のヨーロッパ旅行でフランクフルトまで足を運ぶ。しかし美術館が休館でまた日程に余裕もなく、絵を見ることができなかった。このときのことは「ヨーロッパ寓目」に書いている。そして昭和四十九年、二度目のヨーロッパ旅行で藤枝はようやくその絵との対面がかなう。このときのことを書いたのが「フランクフルトのルクレツィア」である。

 埴谷と藤枝のこの二つの文は二人の友情の証しであり、また両者の感性の違いを際立たせるものとなっている。埴谷は書く。

 「人影のまったく見えぬ閑静な美術館があった。そこで私は、恐らく、この旅行中最大の発見をしたのである。」「私は一人とりのこされながら、一枚のあまり大きからぬ絵の前で立ちどまったのであった。/眼はこちらへ真直ぐに向けている若い女の半身像で、ちょうどその前に立った私の眼と同じ高さにあるその眼と眼を見合わせると、もしこういえるなら、その瞬間に凄まじい強烈な吸着力を持った磁気がそこから放射して来て私のなかの何かとひしと隙もなく密着してしまったようにそのままそこから眼が離せなくなってしまったのであった。」「絵の中の人物自身が逆にこちらの胸の中を凝っと眺めているといったこの種の眼にあったことはこれまでになかったことである。」「この異常な事態は、ある種の有無をいわさぬ透視力がこの絵のなかの女性にあるばかりでなく、その前に、相反する気質をもちあった誰かが幾人立とうとも、それらの特質をぜんぶ合わせた総和をなんらかのかたちで凌駕しているところの驚くべき『包括的な多様性』がそこにあるからに違いなかった。/そのとき傍らからその絵の前に立った私の動作の推移を眺めているものがあったとしたら、魂のまるごとを何処かに失って腑ぬけになったような私が、やがて、隣の部屋へふわふわとはいっていくさまに気づいたことであろう」。

 埴谷の感応はなんとも猛烈である。埴谷はこのあと、こまごまと長々とこの絵の魅力を描写する。そしてルーブルのモナリザも、プラハのマハも「この絵の両眼に接したあとは比較にもならない」と結論する。埴谷は評論集『兜と冥府』に自ら隠し撮りしたその絵の写真を挿入してもいて、藤枝静男でなくても、埴谷のこの感動の相手を確認したくなる。さて藤枝は「フランクフルトのルクレツィア」で書く。

 「氏の云うように、その昔、われわれにとって無名の青年画家バルトロメオ・ダ・ヴェネツィアは、ある魔力的な眼をもった美少女に深く恋着して精魂のすべてをその絵のなかにつぎこみ、描き上げると同時に死んでしまったのであろう。そしてその絵は、その発散する魔力の故に、何者かの手で淫婦ルクレツィア・ボルジアに擬せられたのであろう。─そして残された絵は、ほぼ四五〇年を経たある日、フランクフルトの美術館に於いて、青年と全く同じ女性嗜好を孕んで老熟した日本の文学者を、瞬間に捕えて惹きずりこんだのである。」「埴谷という人は」「深い幻滅と不信に打ちひしがれたのち、そこからの手探りの立ち直りとして」「宇宙無限の果てに渦巻く星雲と暗雲を幻視する哲学的思弁に平行して人間界に於いてもまた自己を暗雲の破滅にまで真逆様に惹きずりこまずにはおかぬ女性、つまり『神性の永遠の女性』と反対の極をなすもうひとつの『魔界の永遠の女性』を仮想しつつ、この両者を同時に獲得することによって『全人』と化そうとしている男にちがいないと─どうも、あの絵を見て以来そんな気がして仕方がないのである。」「結局のところ、私にとっての伝ルクレツィアの肖像は(その魅力に心を動かされながらも、私自身までが震撼され巻きこまれてしまうようなものとしてではなく)むしろ埴谷氏の持つ飽くなき欲望のひとつの掴みどころを与えてくれたことによって、より印象的であったということになるのかも知れない」。

 そして藤枝は結論する。

 「私には、実際、ああいう危険な絵は全身を揺するようには作用しないのである。」「私から云えば、マハにしろリザにしろ、何れ劣らぬしたたかなこの悪女連を手のうちに包みこんで自由に支配している、巌のようなレオナルドやゴヤのスケールの大きさと腕力を、自分の届き得ぬ理想として仰望するのである」。

 みなさんは埴谷派か、それとも藤枝派でしょうか。画集でお確かめを。

 この絵は最近の画集では「遊女」のタイトルで出ている。十六世紀初めのテンペラ画である。サイズは四十四センチ×三十五センチ。




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